足場業に入って数年が経った頃、俺はある疑問を持つようになった。
「なんで俺たちの単価はこんなに低いんだ」
仕事はきつい。危険もある。技術も要る。
なのに、元請けから提示される金額はいつも同じか、むしろ下がっていく。
「今月は厳しいから」「他が安くやってるから」——そういう言葉で毎回収められてきた。
当時の俺にはその構造が見えていなかった。
なぜ値切られるのか、どうすれば価格を守れるのか、そもそも適正価格がいくらなのかも、誰も教えてくれなかった。
これは建設業で「使われる側」にいる職人全員が知っておくべき話だ。
そして後半は、人を使う側になった俺が実際にやっていたことも書く。
「使う側の親方が何をすべきか」——これも誰も教えてくれないから。
元請け・下請けの構造をまず理解する
建設業の仕事は、基本的にこういう流れで動いている。
発注者(施主・建設会社)
↓ 発注
元請け(ゼネコン・工務店など)
↓ 下請けに発注
下請け(各専門業者)
↓ さらに下請けに発注することも
孫請け・一人親方
この流れの中で、上から下に仕事が流れるたびに中間マージンが抜かれる。
発注者が出した金額が1,000万円だとすると、元請けが管理費・利益を取り、残った金額が下請けに来る。下請けもまた同じように取り、一人親方に届く頃には元の金額よりかなり少なくなっている。
これが「なぜ職人の単価が低いのか」の基本的な答えだ。
悪意がある話じゃない。管理する側には管理コストがかかる。元請けにも経費がある。だがその構造を知らないまま「なんで安いんだろう」と思い続けるのと、知った上で動くのとでは全然違う。
「常用」と「請負」——使われ方の2種類
下請け・一人親方として現場に入る時、契約には大きく2種類ある。
常用
「1日いくら」で働く契約だ。日当×日数で金額が決まる。現場の指示に従って動く。
請負
「この工事をいくらで仕上げる」という契約だ。仕事の結果に対して金額が決まる。やり方は自分で決める。
見た目はどちらも「現場で働く」だが、責任の範囲がまったく違う。
常用は指示通りに動けばいい。請負は結果に責任を持つ。材料が足りなくなっても、工期が延びても、請負なら自分の問題だ。
だが現実には、請負契約を結んでいるのに常用と同じように扱われているケースが多い。
元請けから「明日もここに来てくれ」「今日はあっちの現場に回ってくれ」——これは実態として指揮命令に近い。請負のはずなのに、会社員と同じように動かされている。
これを「偽装請負」という。法的にグレーな状態だ。
自分が請負契約を結んでいるなら、本来は仕事のやり方を自分で決める権限がある。その権限を使わないまま、ただ言われた通りに動き続けると、請負のデメリット(保険なし・年金なし)だけを背負って、常用のように扱われるという最悪の状況になる。
「常用」も、実態は偽装請負になりうる
ここで正直に言う。
俺は20歳から34歳まで、14年間現場で働いた。
20歳から27歳は「常用」、27歳から34歳は「請負」という形だった。
だが実態はどちらも同じだった。指示通りに動くだけの14年間だった。
常用の時は「明日は○○の現場、8時集合」と言われれば行く。
請負に変わってからも「今週はこっちを先にやってくれ」「この工法でいく」と指示が来る。
書類の上では「請負」になっていても、やっていることは変わらない。
法律的に言えば、指揮命令を受けて働いているなら、それは実態として雇用関係に近い。
本来であれば社会保険の加入義務が生じる可能性がある。
だが建設業ではこの状態が当たり前として成立している。
なぜ誰も訴えないのか。
理由は単純だ。
証明が難しい。関係性が壊れる。次の仕事がなくなる。
そして何より、「これが普通だ」と思わされているからだ。
俺も長い間、これを「業界の当たり前」として受け入れていた。
最初に入った会社では、辞めると言い出せない人間関係があった。請負に変わってからも元請けとの関係が全てだった。
「おかしい」と思う前に、「ここで食っていくしかない」という現実があった。
だから俺が言いたいのは「訴えろ」じゃない。
「自分が置かれている状況を正確に理解した上で、制度を自分で使いこなせ」ということだ。
元請けは社会保険を払ってくれない。雇用保険もない。労災も自分で手配するしかない。
それが現実なら、その現実の中で自分を守る手を自分で打つしかない。
知らないまま働き続けるのが、一番損をする。
単価を上げられない本当の理由
「単価を上げてほしい」と言えない職人が多い。俺も長い間そうだった。
① 「仕事をもらっている」という心理的な負い目
元請けから仕事を回してもらっている。だから強く言えない。この構造が染みついていると、価格交渉が「わがまま」に感じてしまう。
だが考えてほしい。元請けが仕事を「くれている」のではない。あなたの技術を「買っている」のだ。商品を売る時に値段を言うのはわがままじゃない。当たり前の話だ。
② 他の職人と比較される
「他はもっと安くやってくれる」という言葉は、職人を黙らせる魔法の言葉だ。これに対して「じゃあそっちに頼めばいい」と言える職人は少ない。
だが「安ければいい」という仕事しか来ない元請けと長く付き合っても、いいことはない。技術を安売りし続けると、仕事の質も人間も疲弊していく。
③ 適正価格を知らない
そもそも「いくらが適正か」を知らないまま値切られている職人が多い。材料費・移動費・工具の減耗・保険料・税金——これを全部足して、利益を乗せたのが適正価格だ。これを計算せずに「元請けが言う金額」で動いていると、知らないうちに赤字になっている。
俺が6年間、適正価格を知らずにどれだけ損をし続けたか——その具体的な話はこちらに書いた。
→ 下請け6年間で俺が「適正価格」を知らなかった話
人を使う側になった時、俺がやっていたこと
俺は34歳で完全独立し、最終的に10人規模で仕事をするようになった。従業員の給与形態は常用ベースに歩合を上乗せする形にしていた。歩合の額は俺の裁量で決めていた。頑張った分が目に見えて返ってくる仕組みにしたかったからだ。
① 立場と手取りの仕組みをきちんと説明した
「お前たちは事業主だ。会社員じゃない。だから確定申告・国民年金・国民健康保険は自分でやる必要がある。その代わり、会社員より手取りは多くなる」
これを最初に伝えた。知らないまま働かせるのは違うと思っていたから。
② 労災保険料は俺が負担した
建設業の一人親方・下請け職人の労災保険は、親方側が負担するケースと、本人から差し引くケースがある。法的にどちらが正解というわけではなく、会社の裁量だ。俺は自分で払った。従業員の給付から引くのは、なんか違うと思っていたから。
業界の実態として、親方が負担しているケースは少ないと感じている。多くの場合、本人が自分で払うか、あるいはそもそも未加入のまま現場に入っているケースが多かった。
ただし近年、元請けが「労災保険に加入していなければ現場に入れない」という条件を課すケースが増えており、加入者数は年々増加している。業界は「自分で加入するのが当たり前」という方向に動いている。
「親方が払ってくれているはずだ」という思い込みは危険だ。加入状況と補償内容(給付基礎日額)を必ず自分で確認する。足りなければ差額を自分で払い足す交渉をする。
「補償が足りないので、差額分は自分で払い足したい」——こういう交渉は十分できる。
労災の給付基礎日額の設定がいかに重要か、俺の実体験はこちらに書いた。
→ 一人親方が労災に入っていなかったら、俺の人生は詰んでいた
労災保険は「あればいい」じゃなく「内容が自分の生活を守れるか」で判断しなければいけない。俺がそうだったから、これは強く言いたい。
③ 適正な単価を守ろうとした
値切られ続けた経験があるから、自分が人を使う立場になった時は「適正価格以下では使わない」という意識があった。安く使って、質の低い仕事をされても困る。
だが実際のところ、これが常にできていたかというと、できていなかった時期もある。
経営が苦しい時は、俺も人に無理を言ったことがある。 その一つが、技能実習生の使い方だった。
④ 技能実習生という選択肢——当時の実体験
人材確保の話として、もう一つ書いておく。
俺が事業をやっていた頃、ベトナム人の技能実習生を使ったことがあった。2015年頃の話だ。
当時、知り合いの紹介でそういう会社を知った。個人ではなく企業規模の会社で、監理団体として技能実習生を紹介してくれる業者だった。 「都道府県の最低賃金から払えばいい」という説明を受けた。
今振り返ると適法だったのか気になるが——当時の法律(2015年当時)では、最低賃金以上を払っていれば問題なく、月給制の義務化は2020年からだったため、当時の基準では適法の範囲内だったと考えている。
当時はそういう会社を利用している親方が多数いた。珍しい話ではなかった。
ここで自分への叱責も書いておく。
俺は当時、金額も要件も全部ブローカー任せだった。 「いくら払えばいいですか」「わかりました」——それだけだった。 言われるがまま金を払って、制度の中身を自分で確認しようとしなかった。
実は問題があった可能性もある。 技能実習生の受け入れ人数枠は「雇用保険に加入している常勤職員数」を基準に決まる。 俺の日本人従業員は常用・請負形態だったから、雇用保険には入っていなかった——これは形態上当然のことだ。 だが裏を返せば、常勤職員数が「0」とみなされる可能性があり、受け入れ枠がなかったかもしれない。 監理団体からその説明は一切なかった。俺も確認しなかった。
「プロに任せているから大丈夫」——これは言い訳にならない。
お金を払う側が仕組みを理解していなければ、言われるがままに動かされるだけだ。 俺がそうだった。
このシリーズを通じて何度も書いてきたことと同じだ。 知らないことは、必ず誰かに利用される。
ただし今は法律がさらに変わっている。
2020年以降、建設業の技能実習生には月給制が義務化された。 最低賃金さえ払えばいいというだけでは済まなくなった。 もし今、技能実習生を使う立場になるなら、必ず最新の要件を自分で確認した上で監理団体に臨んでほしい。
制度は変わる。任せきりにすると、気づかないまま違法になる可能性がある。
使われる側が身を守るために知っておくべきこと
① 自分の雇用形態を確認する(会社員か、常用か、請負か)
口頭で「頼む」だけで働いているなら、雇用形態があいまいなままだ。「俺って会社員なの?常用なの?請負なの?」と聞く。指南書1でも書いたが、この3つは権利も義務も全然違う。まず自分の立場を把握することが全ての出発点だ。
② 労災保険の状況を確認する
会社員なら会社が労災保険に加入している。常用・請負で働いているなら、親方が払ってくれているかどうかを確認する。「入っていると思っていたら入っていなかった」「補償が足りなかった」は、ケガをした後では遅い。
③ 自分のコストを計算する
材料費・交通費・工具費・保険料・税金——全部足して、月にいくら必要かを把握する。その上で「いくら以下では受けない」という最低ラインを決める。これがないと、値切られるたびに何も言えなくなる。
④ 元請けを一本に絞らない——ただし現実は簡単じゃない
仕事を一つの元請けだけに依存すると、単価交渉の力がなくなる。複数の取引先を持つことが防衛策だ——理屈の上ではそうだ。
だが現実はそう簡単じゃない。技術と信頼がなければ、複数から呼ばれ続けることは難しい。いきなり分散しようとするより、今の元請けとの関係を保ちながら、少しずつ顔を広げていく方が現実的だ。「もう一つ呼ばれる先がある」という状況を作るだけで、交渉の空気は変わる。
まとめ
建設業の下請け構造は、知らないまま働くと搾取される仕組みになっている。悪意がある人間ばかりではないが、知っている側が得をして、知らない側が損をするのは事実だ。
- 元請けは「仕事をくれている」のではなく「技術を買っている」
- 常用と請負では責任の範囲が全然違う
- 労災保険・単価・契約形態——全部、自分から確認しないと誰も教えてくれない
- 人を使う側の親方にも、最低限伝えるべきことがある
知っている側が何も言わないのは、やっぱり違うと俺は思っている。
次回は「保険と税金でむしり取られるな」——国民健康保険の罠、社会保険を逃げ続けた末路、経費の基礎知識を書く。
📖 俺のこれまでの全記録を読みたい人へ
元職人→廃業→障害→どん底→投資で4,000万円——
この軌跡を一本のストーリーとしてまとめた「ヘタゴリラ一代記」をnoteで公開中です。
ブログではバラバラに書いてきた話が、時系列でつながります。

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