俺が足場職人として請負になったのは27歳のときだ。
「一人親方になれば単価が上がる。会社に搾取されなくて済む」という言葉を真に受けて、元請けの言いなりで動きながらも「自分は独立した事業主だ」と信じていた。
当時の俺が知らなかったのは、一人親方でいることには目に見えないコストがあるという事実だ。
年収が500万円を超えていた時期でも、手元に残るお金が会社員より少ないケースがある。誰もそれを教えてくれなかった。元請けも、仲間の職人も、税務署でさえも。
42歳で足場から落ちて廃業した後、ベッドの上で収支を計算しながら初めてそれに気づいた。
「なんで俺は、これだけ稼いでいたのにこれしか残っていないんだ」と。
手取りが思ったより少ない理由——「稼ぐ力」と「残す力」は別物だ
一人親方の年収は、会社員のそれとは構造が違う。
会社員なら健康保険料・厚生年金・雇用保険は会社が半分以上負担してくれる。でも一人親方はそのすべてを自分で払う。
さらに、一人親方には「働けなくなったときの保障」がデフォルトで存在しない。
会社員が怪我をすれば、会社が加入している労災から給付が出る。でも一人親方は原則として労働者災害補償保険(労災)の対象外だ。
「特別加入制度があるから大丈夫」と言う人もいる。でも俺が若いころ一人親方として働き始めたとき、この制度を自主的に理解して使っていたかというと——正直に言う——全然わかっていなかった。
元請けが「現場に入るなら任意保険は入っておいてくれ」と言うから入っていたが、日額設定がどれくらいかも把握していなかった。これが後の話につながってくる。
一人親方に乗っかってくる3つのコスト
コスト①:国民健康保険料と国民年金——会社員の倍以上になる場合がある
一人親方は健康保険も年金も全額自己負担だ。
国民健康保険料は前年の所得をもとに計算される。所得が400万円の場合、年間45〜70万円前後になることも珍しくない(地域・家族構成によって変わる)。
国民年金は2026年度で月17,920円。年間で215,040円だ。
会社員なら保険料の半分を会社が払ってくれる。一人親方はその「半分」を自分で払い続ける。毎月の支出として意識しにくいが、年間では80万円を超えることも多い。
俺が請負として働いていた時代、確定申告の数字は元請けが管理する雰囲気で、自分では何も把握できていなかった。34歳で本当の意味での独立(元請けを変えて自己営業に切り替え)をしてから、初めて確定申告と真剣に向き合った。そのとき初めて「国民健康保険料がこんなに高いのか」と知った。
遅すぎた。
コスト②:労災特別加入——任意だから「知らなかった」では済まない
一人親方は原則、業務中の怪我に対して労災(労働者災害補償保険)の適用がない。代わりに「一人親方の労災特別加入」という制度があるが、これは任意加入だ。
つまり、加入しないまま高所で作業を続けることが、制度上「普通」として許されてしまう。
この制度について詳しく書いた記事がある(→ 一人親方が労災に入っていなかったら俺の人生は詰んでいた)。特別加入の日額を低く設定してしまうと、事故後に受け取れる補償が圧倒的に少なくなる。知識があったかどうかで、その後の生活が変わる話だ。
特別加入の保険料は日額・業種によって変わるが、年間2〜5万円前後が目安。コストとしては小さく見えるが、入っていないことのリスクは計り知れない。
コスト③:書類と制度対応のコスト——最近はCCUSやフリーランス新法も増えている
最近、現場の一人親方から多く聞くのが「書類が増えた」「CCUSのカードを出せと言われた」という話だ。
建設キャリアアップシステム(CCUS)は国土交通省が推進する技能者の登録システムで、現在は元請けから提出を求められるケースが増えている。技能者カードで2,500円(3年間有効)、事業者登録は12,000円程度だ。
このほか、フリーランス新法(2024年11月施行)により、一人親方にも「書面による取引条件の明示」への対応が求められる方向になってきた。制度上の変化は続いており、自分で把握・対応しなければならない項目が年々増えている。
俺が現役だった時代にはこれらの制度はなかったが、今の一人親方は「知識コスト」と「時間コスト」まで増えている現実がある。
「稼げる」と「残る」は別。でも、経費は”武器”にもなる
ここまでコストの話をしてきたが、「じゃあ年収500万円でいくら残るのか」を、俺はあえて一つの数字では断定しない。手取りは、家族構成も、経費も、住む地域も、人によって全然違うからだ。誰かの「手取り◯◯万円」は、あなたの数字じゃない。
その代わり、一番知ってほしいことを書く。経費は、ただ出ていくお金じゃない。個人事業主にとっては”武器”にもなる。
会社員は、給料から決まった額(給与所得控除)しか引けない。でも個人事業主は、仕事に使った道具・車・燃料・通信費などを経費として計上して、課税所得そのものを下げられる。この自由は、会社員にはない。経費がかかった年は、その分だけ所得税も国保料も軽くなる。「出ていく」と同時に「守ってくれる」——それが経費の、もう一つの顔だ。
さらに、知っている人だけが使える武器がある。
- 青色申告:きちんと帳簿をつければ、最大65万円の控除が取れる。これだけで税負担がぐっと下がる。
- 小規模企業共済:掛金が全額所得控除になりながら、廃業や引退のときに”自分への退職金”として戻ってくる。一人親方の、数少ない味方だ。
つまり、一人親方には不利と有利が同居している。経費や制度を「知らない人」は払いすぎ、「知っている人」は手元に残せる。同じ売上でも、手取りは知識で変わるんだ。
俺が後悔しているのは、「稼げなかったこと」じゃない。この武器を知らないまま、言われた単価でただ動いていた年月のほうだ。
「一人親方は稼げる」は、間違いじゃない。でも「稼ぎが全部自分のものになる」は幻想だし、同時に——「知れば、もっと手元に残せる」のも本当だ。
34歳で初めて確定申告と向き合ったとき、俺は何を感じたか
俺が27歳から請負として働き始めた頃、「自分は独立事業主だ」という感覚はあっても、お金の流れは元請けに握られたままだった。
見積もりも請求も、「これでいい」と言われる単価で動いていた。税金の話は「むこうがやってくれている感覚」があって、自分で数字を把握しようとしなかった。
34歳で元請けを変えて、本当の意味での自己営業に切り替えたとき、初めてちゃんと確定申告の数字を見た。
そのとき受けた衝撃が、今でも忘れられない。
「稼いでいるのに残っていない」
国保料、国民年金、道具の経費、車のローン、保険料……。計算し直すと、俺の実質的な「時給」は想像より遥かに低かった。
一人親方という働き方に後悔はない。でも、「お金の実態を知らないまま働き続けた年月」には後悔がある。
知っていたら動き方が変わった。備え方が変わった。それが俺の正直な気持ちだ。
立場によってコストの「重さ」は変わる——ひとくくりにしないことが大事
一人親方といっても、元請けの現場に常用で入っている「常用系」と、完全に自己営業で動く「請負系」では、税務・保険の扱いが違うケースがある。
建設業における「立場」でお金の正解は全然違うという話は → 建設業の立場でお金の正解は全然違う に詳しく書いた。
また、廃業前後にやるべき手続きについては → 廃業届の前に|一人親方が知らずに損した手続きとお金 を読んでほしい。
さらに、「適正な単価を知らないまま働き続けた経験」については → 下請け6年間で俺が「適正価格」を知らなかった話 に書いている。
今すぐできること——まず自分のコストを把握する
難しいことはいらない。今日できることを3つだけ書く。
①自分の国保料を計算する
お住まいの市区町村のウェブサイトに「国民健康保険料の試算」ページがある。昨年の所得を入れると概算が出る。
②労災特別加入の日額設定を確認する
加入している場合、日額設定はいくらか確認してほしい。日額が低いと補償額が少ない。仕事の日当に近い水準に設定しておくことが重要だ。
③青色申告で65万円控除を取る
確定申告を白色でやっている場合、青色申告に切り替えるだけで最大65万円の控除が取れる。税負担を大幅に下げられる。
「知れば動ける」——これがブログを書く俺の一番の動機だ。知らないまま働き続けるより、知ってから選ぶ方が絶対にいい。
まとめ——一人親方のコストを知ることが、守ることの第一歩
- 一人親方は国保・国年・労災のすべてを自己負担する
- 年収500万円でも、これらのコスト合計は年間70〜100万円超えになることがある
- 書類対応(CCUS・フリーランス新法)など新たな「時間コスト」も増えている
- 「稼げる」と「残る」は別の話。計算して初めてわかることがある
俺が廃業してから気づいたことを、まだ現役の一人親方に伝えたくて書いた記事だ。
知識は武器だ。制度を知っていれば選べる。知らないまま動くより、知ってから判断する方がいい。
📖 俺のこれまでの全記録を読みたい人へ
元職人→廃業→障害→どん底→投資で4,000万円——
この軌跡を一本のストーリーとしてまとめた
「それでも俺は生きている ― ヘタな仮設屋の、笑えるけど刺さる30年 ―」をnoteで公開中です。
→ note: hetagorilla

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