下請け6年間で俺が「適正価格」を知らなかった話——足場職人とお金のリテラシー

「職人は技術で食うもんだ。値段交渉なんて野暮なことをするな」

足場の世界に入ったとき、先輩たちはそう言った。俺もそれを信じた。仕事がうまくなれば、自然と評価される。評価されれば、金もついてくる。そういうもんだと思っていた。

でも俺の場合、その考え方が14年間の損失につながった。

20歳でこの業界に入って、34歳で関係が深かった下請けを抜け出すまでの14年間。俺は「適正価格」というものを知らなかった。いや、正確には「知っていても、動けなかった」のかもしれない。職人の世界では、金の話を自分からするのがなんとなくダサいとされていた。それが一番の問題だったと、今なら言える。

目次

足場業界の「当たり前」が、実は異常だった

足場工事の単価には、業界の相場がある。現在(2025〜2026年)の足場職人(とび工)の労務単価は、国交省の公式データで29,748円だ。この単価は13年連続で上昇しており、2025年度の伸び率は過去11年で最大となっている。

では、俺が実際に受け取っていた金額はいくらだったか。

具体的に言う。新築2階建て・建坪30坪・床面積100㎡ほどの現場で、先行足場の設置から解体まで全部やって、手にしたのは5万円以下だった。

その5万円という金額にも、業界特有の慣習があった。

2人で午前中に足場をかけて、午後から別の現場の足場をばらす。それが1日でできれば5万円、という暗黙の相場だった。事業者の計算はこうだ。「2人に日当1万5千円ずつ払っても2万円残る。いけるやろ」。

だが現実はそうはいかない。2人に3万円払って、残り2万円から車両・燃料・保険の経費を引けば、手元にはほとんど残らない。しかも午前かけ・午後ばらしがきれいに決まる日ばかりじゃない。段取りが狂えば5万円に届かない。その逆、つまり5万円を大きく超える日は、ほぼなかった。

上振れはなく、下振れだけがある。それが下請けの現実だった。

さらに言う。先行で足場を組んだ後、上棟が終わると仕上げに戻る工程がある。これが実質タダだった。5万円以下の中に全部含まれている扱いで、移動の燃料代も、その日動いた人間の人件費も、全部こちら持ちだ。元請けの言い分はこうだった。

「他の現場の合間に行けばいいだけだろ」

その言葉に、俺は何も言えなかった。合間に行く燃料代は誰が払うのか。合間に動く人間の時間は誰のものなのか。そういう計算を、当時の俺はしていなかった。いや、できなかった。

今の下請けの一人親方が実際にいくら受け取っているかは、俺には正確にはわからない。

表向きの労務単価は13年連続で上がっている。

それが現場の下請けにまで届いているかどうか、俺が現役だった頃よりも良くなっていることを願っている。

ただ、構造が変わっていないとしたら——上振れはなく、下振れだけがあるあの現実が今も続いているとしたら——それはやっぱり誰かが声を上げないといけない話だと思っている。

問題は、これが「特別に悪い元請け」の話ではなかったことだ。業界の中では、それが普通だった。

知らなければ、比べられない。

比べられなければ、低く買われていることにも気づけない。

これが足場業界の下請け職人が陥りやすい最初の罠だ。

「仕事がある」=「適正価格」ではない

下請けをやっていると、仕事が途切れないこと自体に安心してしまう。毎月、毎日現場が入る。稼ぎがある。それで「うまくいっている」と錯覚する。

俺もそうだった。売上だけ見れば月に数百万円を超える月もあった。だが経費(車両・資材・燃料・保険)を引いて、人件費を払うと、手元に残るのは驚くほど少なかった。

正直に言う。当時の俺は「手元に残る金額」を月単位で把握していなかった。売上を見て「稼いでいる気」になっていた。

売上と利益は違う。総額と手取りは違う。

この当たり前のことを、職人仕事に集中するあまり見落としている人間が業界には多い。

適正価格を知らないまま続けると、何が起きるか

相場より低い単価で仕事を受け続けると、3つのことが起きる。

まず、体が先に壊れる。

単価が低いぶん、工期を短縮するか件数を増やすしかない。

無理な現場を続ければ、身体への負担は増す。

俺は最終的に現場での事故で廃業した。

すべてが単価のせいとは言わないが、無理な現場を続けていたのは事実だ。

次に、元請け依存が深まる。

これが根深い。

安い単価でも「仕事があるから」と受け続けると、そこ以外の仕事ルートを開拓する余裕がなくなる。気づけば一社依存になり、そこを失ったら終わりという状態になる。

そして最後に、単価を上げるタイミングを永遠に失う。

「来月から単価を見直してほしい」と言える関係性が、低単価を受け続けることで作れなくなっていく。

言い出せない空気が出来上がる。これが14年続いた俺の実態だった。

転機——「あの数字」との出会い

転機は、廃業後だった。

体を壊して現場を離れ、はじめて自分の収支を冷静に振り返る時間ができた。同時に、国土交通省が毎年発表している「公共工事設計労務単価」という資料の存在を知った。職種ごとの標準的な日当が載っているデータで、誰でも調べられる。

そこに書いてある数字を見て、俺は止まった。怒りでも悔しさでもなく、最初に来たのは妙な静けさだった。「知らなかっただけか」——そう思った瞬間、14年間の全部が腑に落ちた。誰かを恨む気にもなれなかった。知ろうとしなかった俺が、一番の問題だったから。

14年間、俺は損をし続けた。ただ正確に言えば、相場を「知らなかった」だけじゃない。途中からは知っていた。でも動けなかった。単価を上げると言い出せば仕事が切られるかもしれない。元請けとの関係が壊れるかもしれない。そのリスクを取れるほど、俺には余裕がなかった。知識より先に、逃げ場がなかったのだ。

これは誰かが特別に悪い、という話ではない。業界全体の構造として、単価情報が一人親方に届きにくい仕組みになっている。情報を持っている側と持っていない側の非対称が、長年続いているのが建設業界の現実だ。

今の俺が、当時の俺に伝えるとしたら

廃業後、障害を負い、何もなくなった状態から俺は高配当株投資を始めた。2022年末に131万円しかなかった資産が、2026年春には4,169万円になった。年間の配当は2025年実績で約75万円(税引前)を超えた。

「お金を学ぶ」ということを、俺は廃業してから初めて本気でやった。それまでは技術と体力だけで乗り切ろうとしていた。働けなくなってから気づいたお金の話は、こちらにも書いた。

今、独立を考えている職人や、下請けとして働いている人に伝えるとしたら一つだけだ。自分の単価を、一度だけ相場と比べてほしい。国交省の労務単価は誰でも調べられる。自分の都道府県の平均と今の単価を比べるだけでいい。それだけで、今自分がどこに立っているかが見える。

俺は当事者として書いた。職人の世界に正解を押しつけるつもりはない。ただ、14年間「適正価格」を知らなかった男が、書いておきたかった。

📖 俺のこれまでの全記録を読みたい人へ
元職人→廃業→障害→どん底→投資で4,000万円——
この軌跡を一本のストーリーとしてまとめた
ヘタゴリラ一代記」をnoteで公開中です。
ブログではバラバラに書いてきた話が、時系列でつながります。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

元・建設業の個人事業主。現在は障害年金・労災年金・就業不能保険を活用しながら、配当金を軸に“無理のない自立生活”を目指す50代男性です。
配当投資、住宅ローン、保険の見直しなど、障害と向き合う中で学んだ「お金と生き方」のリアルを発信しています。

コメント

コメントする

CAPTCHA


このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシー および 利用規約 に適用されます。

reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。

目次