42歳の夏、足場から6メートル落ちた。
目が覚めたら病院のベッドで、両足がほとんど動かなかった。左の足首は完全に機能を失い、右の足首はかろうじて動く状態だった。最初の数日、何が起きたかよくわからなかった。ただ一つだけ、妙にはっきり覚えていることがある。
「もう車に乗れないかもしれない」——それが最初に頭に浮かんだ恐怖だった。
正直に言えば、移動手段がまったく無いわけじゃなかった。障害者手帳があれば、バスもタクシーも役所の補助が出て、近距離ならほぼ無料で乗れる。これは本当にありがたい制度だ。
それでも俺は、自分でハンドルを握りたかった。行きたいときに、行きたい場所へ、誰にも頼らず動きたかった。車は俺にとって道具じゃない。自立そのものだった。運転できなくなることは、自由を失うことと同じに思えた。
入院中、一人でスマホに「身体障害 車 運転 できる」と打ち込んだ夜を、今でも覚えている。この記事は、そこで俺が動いて知ったことと、誰にも言えなかった迷いを全部書く。
「もう運転できない」と決めたのは俺だった——免許センターへ行く前に
最初は「どうせ無理だ」と思い込んでいた。左足首は完全に動かない。右足首もかろうじて動く程度。大型マニュアルの免許まで持っていた俺が、アクセルもブレーキも踏めなくなるかもしれない。
そのとき頭をよぎったのが手動装置だった。足の代わりにレバーで操作する改造装置があることは、リハビリ中に知った。でも「本当に俺が乗れるかどうか」は、調べるより先に試してみるしかない。
そして俺は、免許センターに相談することにした。だが——その決断は、口で言うほど簡単じゃなかった。
相談すれば、免許を失うかもしれない——それでも俺が電話した理由
正直に書く。免許センターに相談するということは、「運転できない」と判断されれば免許の取り消し・返納につながるリスクを背負う、ということだ。
この相談窓口は正式には「安全運転相談窓口(運転適性相談)」といって、運転免許試験場や警察署に置かれている。全国共通の安全運転相談ダイヤル「#8080(シャープ・ハレバレ)」に平日かけると、地元の窓口につながる。身体に障害が出た人、病気の人、高齢で不安な人が、看護師など専門の職員に相談できる仕組みだ。
俺は迷った。本当に迷った。黙ってそのまま運転を続けることも、できなくはなかった。誰にも相談しなければ、免許はそのまま手元に残る。
でも、ある日想像してしまった。もし俺がこのまま運転を続けて、事故を起こしたら。
自分が怪我をするだけならまだいい。だが、もし誰かを巻き込んだら。子どもや、誰かの家族を傷つけてしまったら。それは取り返しがつかない。一生かけても償えない。その最悪の事態を頭の中で具体的に描いたとき、俺の中で答えは決まった。
「確かめずに走り続けることだけは、してはいけない」
免許を失うのは辛い。建設業で大型まで乗ってきた俺にとって、免許は技術であり、誇りでもあった。それを自分から差し出すかもしれない電話をかけるのは、本当に怖かった。
それでも俺は電話した。誰かの人生を奪うかもしれないリスクと、自分の誇りを天秤にかけたら、迷う余地はなかった。結果がどうであれ、相談したこと自体は、間違いなく良い決断だったと今でも思っている。
実は、この話を何人かにしたとき、こう言われた。「そんなに馬鹿正直に申告しなくてもよかったんじゃないか」と。黙ってさえいれば、免許はそのまま手元に残ったかもしれない。
でも俺は、言って後悔はしていない。むしろ、あのとき電話した自分を、少しだけ誇りに思っている。自分ながら、勇気のいる決断だったと思う。
これは障害者だけの問題じゃない——「まだ大丈夫」を確かめる勇気
少し、俺の話から離れる。
今、高齢ドライバーの事故が後を絶たない。「まだ運転できる」と思い込んだまま、ハンドルを握り続ける人がいる。免許を返納するかどうかで、家族と揉める話もよく聞く。
「自分はまだ大丈夫か」を確かめることは、怖い。確かめた結果、運転できないと言われるかもしれないからだ。だから多くの人が、確かめることから逃げる。
でも俺は、障害でその問いに、少し早く直面しただけだと思っている。事故・加齢・病気——理由は違っても、「もう運転を続けていいのか」という問いは、いつか誰もが向き合うものだ。
確かめて辛い現実を受け入れることより、確かめずに走り続けて取り返しのつかないことになる方が、ずっと怖い。俺は身をもって、そう思っている。
「黙っていればいい」——あの曖昧さこそが、今の高齢ドライバーの事故につながっているんじゃないかと、俺は思う。「まだ大丈夫」「家族に迷惑をかけたくない」「申告したら免許を失う」。その気持ちは痛いほどわかる。俺も同じ恐怖を味わったからだ。
だが、本人の意思や周りの遠慮だけに任せていては、守れない命がある。だから正直に書く。ときには、強制的にでも運転という手段を取り上げなければならない場合もある——これは当事者として痛みを知った上での、俺個人の意見だ。きれいごとでは、人の命は守れない。
そしてもし今、同じ決断をしようとしている人が近くにいるなら、俺はその背中を押してやりたい。怖いのはわかる。でも、確かめる勇気を持った人を、俺は心から尊敬する。
免許センターのテスト——俺に出た2つの判断
免許センターに電話して事情を説明すると、「一度テストをさせてほしい」という返答だった。実際にテストを受けた結果、2つの判断が出た。
- 大型マニュアル車:運転不可(左足首の機能喪失が判断理由)
- 普通車のAT車:右足首に固定装置をつければ運転可能
「大型マニュアルは無理」という言葉は、やはり堪えた。覚悟はしていたが、現実として告げられると重い。
でも同時に、「普通のAT車なら乗れる」という判断が出た。免許を全部失う覚悟で行った俺にとって、これは想像以上の結果だった。手動装置なしで、今まで通りのドライバーとして運転できる。
俺が今も車に乗れているのは、リスクを承知で、諦める前に「一度聞きに行った」からだ。
固定装置とは何か——俺が使っているもの
普通AT車を運転するにあたって俺に必要だったのは、右足首の「固定装置」だ。足首がかろうじて動く程度の機能しかない場合、固定することでアクセルとブレーキの操作が安定する。
手動装置(ハンドルのレバーで操作するタイプ)とは別物で、安価で取り付けも簡単なものが多い。俺の場合は免許センターのテスト過程でそのまま案内を受けた。
手動装置という選択肢もある——俺が使わなかった理由
手動装置は、足の機能が完全に失われた場合の選択肢だ。ハンドル付近に取り付けたレバーで、手を使ってアクセルとブレーキを操作する。俺の場合は右足首が動いたため不要だったが、障害の程度によっては有効な方法だ。
| 対応方法 | 対象となる障害状態 | 費用目安 |
|---|---|---|
| 足首固定装置(装具) | 足首機能が一部残っているケース | 数千円〜数万円(保険適用の場合あり) |
| 手動装置(押し引き式など) | 足の機能がほぼ失われたケース | 約8万〜40万円(種類による) |
どちらが必要かは、障害の程度によって違う。最初に免許センターに相談すれば、自分の状態に合った方法を判断してもらえる。
知らないと損する「障害者の移動と車の補助制度」
移動に関して、身体障害者手帳があれば受けられる制度がいくつもある。「運転する」「運転しない」どちらを選んでも、知っておいて損はない。
① 福祉タクシー券・バス運賃の補助
多くの自治体では、障害者手帳を持つ人にタクシー利用券(福祉タクシー券)を配布したり、路線バスの運賃を補助・無料にする制度がある。俺の場合も、近距離ならバスもタクシーもほぼ無料で乗れる。
つまり「車を持たない」「運転しない」という選択をしても、移動手段は確保できる。免許の返納を選んだ人にとっても、これは大きな支えになる。まずは自治体の福祉担当窓口に確認してほしい。
② 自動車改造費の助成(市区町村)
手動装置など、就労等のために自動車を改造する場合に費用の一部を助成する制度が多くの自治体にある。
- 対象者:おおむね上肢・下肢または体幹機能障害1〜2級の方
- 助成額:自治体ごとに異なる(上限10万〜20万円が多い)
⚠️ 必ず改造前に申請すること。工事後の申請は受け付けない自治体が多い。
③ 自動車税種別割の減免
身体障害者手帳を持つ人が使用する自動車は、自動車税が全額または半額免除になる。申請先は都道府県の自動車税事務所で、毎年4月の納付前に手続きする。本人が運転する場合・生計同一の家族が運転する場合、ともに1台が対象だ。
④ 環境性能割の非課税・軽減(車の購入時)
障害者が運転・乗車するために新たに車を購入する場合、環境性能割(旧・自動車取得税)が軽減または非課税になる。購入時にディーラーまたは市区町村窓口で確認してほしい。
| 制度 | 申請窓口 | タイミング |
|---|---|---|
| 福祉タクシー券・バス補助 | 市区町村の福祉担当窓口 | 手帳取得後いつでも |
| 自動車改造費助成 | 市区町村の福祉担当窓口 | 改造前に申請(必須) |
| 自動車税種別割減免 | 都道府県の自動車税事務所 | 毎年4月 |
| 環境性能割の非課税/軽減 | ディーラー・市区町村 | 車の購入時 |
補助でタダで乗れるのに、なぜ俺は自分で運転を選んだか
ここまで読んで、こう思った人もいるはずだ。「バスもタクシーもほぼ無料なら、リスクを背負ってまで運転しなくてもいいじゃないか」と。
その通りだ。実際、移動するだけなら補助制度で十分に足りる。それでも俺は、自分でハンドルを握ることを選んだ。
理由は単純だ。「自分のタイミングで、誰にも頼らず動ける」——それが俺にとっての自立だからだ。
タクシーを呼べば来てくれる。でもそれは「来てもらう」ことだ。バスは時間が決まっている。それは「合わせる」ことだ。俺はもう一度、「自分で決めて、自分で動く」感覚を取り戻したかった。事故で失いかけたのは、足だけじゃない。その感覚そのものだった。
そして俺が選んだのは、事故前から憧れていたジープラングラーだった。入院のベッドで考えた。「車の足回りくらいは、俺の代わりにどこでも走れるようにしてやる」——足が動かなくなったから、車くらいは強くしてやる。
退院後、免許センターで判断をもらい、右足首の固定装置を準備し、ジープラングラーを購入した。大型マニュアルは乗れなくなった。その喪失感は今でもある。でも、自分でハンドルを握って走れることの方が、今は大切だ。
「諦めを決めるのは、情報を集めてからにしろ」
【障害者のリアル指南書①】障害になったら最初に知るべきことでも書いたが、制度は「申請した人だけが使える」世界だ。社労士なしで障害年金1級を自力申請したときも、結局は同じだった。黙っていたら、誰も助けてはくれない。動いて、申請した人だけが制度の恩恵を受けられる。俺が車に乗れているのも、福祉タクシーをほぼ無料で使えるのも、「リスクを承知で、諦める前に一度聞いてみた」からに過ぎない。
夜中に神頼みをする俺が、それでも動き続ける理由に書いたとおり、脊損の痛みは今も続く。それでも俺が諦めないのは、「知ればまだ動ける」という感覚を手放したくないからだ。
今日からできることを3つだけ挙げる。
1. まず安全運転相談ダイヤル「#8080」と福祉窓口に相談する(最重要)
運転を続けたいなら、全国共通の安全運転相談ダイヤル「#8080」へ。平日にかければ地元の運転適性相談窓口につながる。ただし、相談には「運転できない」と判断されるリスクもある。それでも、確かめずに走り続けて誰かを傷つけるより、ずっといい。運転しない・できないなら市区町村の福祉窓口へ。タクシー券やバス補助を案内してもらえる。
2. 装具や改造が必要なら事前に自治体の補助制度を確認する
手動装置などの改造費用は市区町村が助成する制度がある。工事前の申請が必須なので、まず福祉担当窓口に電話してほしい。
3. 毎年4月に自動車税の減免申請をする
身体障害者手帳があれば自動車税が全額または半額(等級による)免除になる。申請先は都道府県の自動車税事務所。1回手続きすれば、翌年から継続される自治体が多い。
まとめ——諦める前に、一度動け
足が動かなくなったとき、俺は「もう車に乗れない」と思い込んでいた。
免許を失うかもしれない恐怖と迷いの末に、免許センターに相談した。テストを受けた。大型マニュアルは無理という判断が出た。でも、普通のAT車なら右足首の固定装置で乗れると言われた。移動するだけなら、補助でバスもタクシーもほぼ無料で乗れる。選択肢は、思っていたよりずっと多かった。
「価値がなくなった自分に、生きていい」と許可が下りた日——事故後にそう感じた日から、俺の人生は変わり始めた。リスクを背負って確かめ、自分でハンドルを握って走れることが、その一歩だった。
「諦めを決めるのは、情報を集めてからにしろ」——これが同じ状況にいる人への、俺からの唯一のメッセージだ。
📖 俺のこれまでの全記録を読みたい人へ
元職人→廃業→障害→どん底→投資で4,000万円——
この軌跡を一本のストーリーとしてまとめた
「それでも俺は生きている ― ヘタな仮設屋の、笑えるけど刺さる30年 ―」をnoteで公開中です。
→ note: hetagorilla

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