一人親方が労災に入っていなかったら、俺の人生は詰んでいた——日額設定を間違えた結果、年121万円の損が一生続く

6メートルから落ちた。

足場の上での事故だった。「あと1センチずれていたら動脈だった」と医者に言われた。意識が戻ったとき、俺が最初に思ったのは仕事のことでも自分の体のことでもなかった。

「怪我をしたのは俺でよかった」

従業員を雇っていた。もし部下が落ちていたら、俺はどうしていたか。そっちの方が先に頭に浮かんだ。

それから少し遅れて、もうひとつの考えが来た。

「労災、入っていたよな」

結果から言う。俺は特別加入していた。だから入院中の治療費はゼロだった。休業補償も障害給付も受けられた。今こうして生きていられるのは、医者の腕だけじゃない。あの日、書類が揃っていたからだ。

でも、もし事故が10年早かったら——俺は何も受け取れなかった。


目次

下請け時代の俺は、14年間何も知らなかった

20歳から34歳まで、俺には労災保険がなかった。

足場の仕事を始めたのは20歳のときだ。元請け会社の下で働いていた。名目上は「個人事業主」だった。でも実態は、指示された現場に行き、指示された仕事をこなす。従業員と何も変わらない。

その頃、こんなことを言われた記憶がある。

「会社員みたいに色々引かれないからいいぞ」

当時の俺はそれを信じた。税金や社会保険が引かれない分、手取りが多い——そう思い込んだ。でも今考えれば、あれは搾取を「得」に見せるための言葉だった。雇用保険も、厚生年金も、有給も、残業代も——全部ない状態を、まるでメリットのように言った。

その雇用形態のまま、27歳で「下請け」という立場になった。独立したという形になったが、やっていることは同じだった。同じ会社から仕事を受けて、同じ現場に出る。変わったのは名前だけだ。

さらにこんな説明もあった。

「現場で怪我をしたら、その現場の会社の労災保険が使えるから大丈夫だ」

これも嘘ではないが、本当でもない。元請けの現場労災が下請け作業員に適用されるケースは確かにある。だがそれは元請けが使う意思を持った場合だけだ。いざ事故が起きたとき、元請けが「お前は個人事業主だ、うちの従業員じゃない」と言えばそれで終わる。自分に特別加入がなければ、拒否されたら何もできない。

俺はその「大丈夫」を信じて、14年間無保険のまま高所で働き続けた。

誰も教えてくれなかったのではない。都合の悪いことを、意図的に教えなかったのだ。

20歳から34歳まで、14年間。毎日6メートル以上の高さで、無保険のまま仕事をしていた。もしあの14年間のどこかで落ちていたら、今の俺はいない。給付どころか、治療費も全額自腹だった。

34歳で元請けとの関係を断ち、別の会社から仕事を受けるようになって初めて、「一人親方の労災保険特別加入」という制度を知った。関係を断ってから知った、というのが現実だ。

ただ、正直に言わなければならないことがある。

俺は相手の言葉を信じて、何も自分で調べなかった。「控除がない方が得だ」「現場の労災が使える」——そう言われたとき、一度も自分で確かめなかった。若かったし、仕事で稼げていたし、疑う理由が見当たらなかった。

でもそれは言い訳だ。

知らないことは罪じゃない。でも知ろうとしなかったことには、自分にも責任がある。20代の俺はお金や制度のことを自分で調べる習慣が一切なかった。稼いで使って、それだけだった。その無知につけ込まれた部分は確かにある。

元請けへの怒りは今もある。でも同時に、当時の自分への反省も消えない。この記事を書くのは、その両方があるからだ。


本当の独立をして、初めて知った

34歳で別の会社と取引を始めたとき、初めて「一人親方の労災保険特別加入」という制度を知った。

事故の7年前のことだ。

正直に言う。最初は「めんどくさいな」と思った。保険料もかかる。手続きも必要だ。「自分は落ちない」という根拠のない自信もあった。

それでも加入した。従業員を雇うようになって、「もし何かあったとき」を考えるようになっていたからだ。自分のためというより、「経営者としてちゃんとしなければ」という気持ちの方が強かったかもしれない。

それが、結果として自分の命綱になった。


労災保険の特別加入とは何か

一人親方や個人事業主は、原則として労災保険の対象外だ。

会社員は会社が労災保険に加入してくれる。でも自分が経営者であり作業員でもある一人親方は、自分で「特別加入」という手続きをしなければ、どれだけ危険な現場で働いても補償が出ない。

特別加入で受けられる主な補償はこうなっている。

給付の種類内容
療養補償給付治療費が全額カバーされる。入院費も含めてゼロ円
休業補償給付働けない期間、給付基礎日額の80%が支給される
障害補償給付障害が残った場合、等級に応じて年金または一時金が支給される
遺族補償給付死亡した場合、遺族に年金または一時金が支給される

俺が受け取ったのは療養補償、休業補償、そして障害給付だ。入院中の治療費は一切払っていない。全額給付された。事故後、働けない期間が続いたが、その間の収入もカバーされた。

特別加入していなければ、治療費も休業中の生活費も、全部自腹だった。


保険料はいくらか。そして俺が犯した「判断ミス」

特別加入の保険料は「給付基礎日額」を自分で設定して、それに基づいて計算される。日額3,500円〜25,000円の16段階から選べる。日額が高いほど補償も厚くなるが、保険料も上がる。

俺は加入時、日額5,000円——つまり最低に近い金額を選んだ。

理由は単純だ。「保険料を安く抑えたかった」それだけだ。稼いでいた時期で、現金は十分あった。それでも「どうせ落ちない」という根拠のない自信が、判断を鈍らせた。

建設業の場合、保険料の計算式はこうなる。

給付基礎日額 × 365日 × 18/1,000 = 年間保険料

俺の場合、日額5,000円で年間約32,850円。組合費を合わせると年間6〜7万円程度だった。

加入時にこのシミュレーションをしていれば、判断は変わっていたかもしれない。

給付基礎日額年間保険料(目安)障害補償年金・2級/年(概算)
5,000円(俺の設定)約32,850円約121万円
10,000円約65,700円約242万円
20,000円約131,400円約484万円
25,000円(最大)約164,250円約605万円

※年金額は給付日数277日・厚年調整率0.88で計算した概算値

日額5,000円と10,000円の保険料の差は、年間わずか約32,850円だ。月にすれば2,700円ちょっと。

でも給付される年金の差は年間121万円。それが障害認定を受けた後、毎年ずっと続く。

俺は事故に遭ってから初めてこの数字を知った。

加入時に5分シミュレーションしていれば、毎年121万円違った。

後悔しても遅い。だからこそ、今から加入する人間には同じ失敗をしてほしくない。日額の設定は「とりあえず安く」ではなく、「もし障害が残ったらいくら必要か」から逆算して決めてほしい。

特に建設業で働いている人間には、真剣にシミュレーションしてほしい。

建設業は他の業種と比べて、高所・重機・足場など体への直接的なリスクが日常にある。それでも「自分は大丈夫」と思って最低日額で加入している人間が多い。

そして事故が起きたとき、何も受け取れないまま泣き寝入りしている人間がどれだけいるか——その数字は統計にすら出てこない。無保険のまま事故に遭い、治療費を自腹で払い、障害が残っても給付がなく、それでも誰にも相談できずに消えていく。そういう人間が、今この瞬間も現場にいる。

データに出てこないことが、この問題の闇の深さだ。

統計に載らないということは、問題が存在しないのではなく、問題が見えていないということだ。俺はたまたま加入していた側だった。加入していなかった側の話は、数字として残らない。


加入できるのに入っていない一人親方が、まだいる

建設業では、2023年から社会保険の加入確認が元請けに義務付けられるようになった。現場に入るために労災特別加入が事実上必須になってきている流れもある。

それでも、まだ「入っていない」「手続きが面倒で後回しにしている」という一人親方は少なくない。

俺には分かる。現場で稼いでいる間は「自分は大丈夫」という感覚が抜けない。毎日高所で仕事をしていると、感覚が麻痺してくる。落ちるのはいつも「他の誰か」だと思っている。

俺もそう思っていた。落ちるまでは。


今も同じことが起きている

俺が20代の頃に言われたことは、今も建設業の現場で誰かが言われているはずだ。

「控除がないからいいぞ」「現場の労災が使えるから大丈夫だ」——この言葉が出てきたとき、立ち止まってほしい。

世の中には、人の無知を利用して自分が得をしようとする人間が一定数いる。俺はそれに14年間気づかなかった。若くて、稼げていて、疑う理由が見当たらなかった。でも「得だ」「大丈夫だ」という言葉が出てきたとき、その言葉が誰の得になっているかを一度考えてほしい。

俺は20歳から34歳まで、それをしなかった。その代償が14年間の無保険だった。

知らないことは罪じゃない。でも知れる状況で知ろうとしないことは、自分への裏切りだ。


特別加入の手続きはどうすればいいか

直接ハローワークや労働基準監督署では手続きできない。必ず「一人親方団体」か「労働保険事務組合」を経由する必要がある。

手順はシンプルで3ステップだ。

ステップ1:団体を探して申し込む
Googleで「一人親方 労災 特別加入 ○○県」と検索すれば地域の団体が出てくる。全国対応のオンライン団体もある。組合費の相場は月500円前後。保険料自体はどこで入っても同額なので、組合費が安くて手続きがシンプルな団体を選べばいい。

ステップ2:給付基礎日額を決める
ここが一番重要だ。「いくらで掛けるか」が将来の補償額を決める。俺は日額5,000円を選んで後悔した。「もし働けなくなったら毎月いくら必要か」から逆算して、日額を設定してほしい。月20万円必要なら日額10,000円以上が目安になる。

ステップ3:申込書と本人確認書類を提出する
必要書類は申込書と本人確認書類(免許証など)が基本だ。多くの団体はオンラインで完結する。申し込みから加入まで早ければ翌日、通常1〜2週間で加入証明書が届く。

「いつかやろう」と思っている間に、現場は毎日続く。


まとめ:加入することと、日額を正しく設定することは別の話だ

俺が特別加入を知ったのは、34歳で元請けとの関係を断ってからだった。20歳から14年間、無保険のまま毎日高所で仕事をしていた。誰も教えてくれなかったし、教える気もなかったのだと今は思っている。

事故は、加入してから7年後に起きた。もしあの順番が逆だったら、俺は今ここにいない。

加入したこと自体は正解だった。でも日額の設定は間違えた。月2,700円の差を惜しんだ結果、年間121万円の差が一生続いている。

一人親方として現場に出ているなら、今すぐ確認してほしいことが2つある。特別加入しているかどうか。そして日額をいくらに設定しているか。

制度は、知っている人間しか使えない。日額は、シミュレーションした人間だけが正しく設定できる。俺はそれを、体で知っている。


ブログに書けなかった感情の記録を、実録として書いている――ヘタゴリラ一代記(note)


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この記事を書いた人

元・建設業の個人事業主。現在は障害年金・労災年金・就業不能保険を活用しながら、配当金を軸に“無理のない自立生活”を目指す50代男性です。
配当投資、住宅ローン、保険の見直しなど、障害と向き合う中で学んだ「お金と生き方」のリアルを発信しています。

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