「月収40万あるのに、手取りが28万しかない」
現場職人として働き始めて、そう感じたことはないか。
俺にはある。いや、正確には——俺には「感じることさえできなかった」。なぜなら俺は最初から、手取りを守ってくれる仕組みが1ミリもない働き方をしていたからだ。
俺は20代から建設業に入り、常用一人親方として足場の仕事をしてきた。厚生年金に入ったことは一度もない。雇用保険も、もちろんない。傷病手当金?そんな言葉を知ったのは、42歳で6メートルから落ちて入院してからだ。
知らなかったから、備えていなかった。備えていなかったから、事故のあとに全部が崩れかけた。
今日は、会社員職人が「もう知っている当たり前のこと」として見過ごしている3つの恩恵を書く。一人親方だった俺の目線から見れば、これは「羨望」に近い。
「損している」のではなく「気づいていない」だけだ
まず前提を整理しよう。
会社員職人は「給料から引かれる」感覚しかない。確かに月収40万から健康保険・厚生年金・雇用保険・所得税・住民税が引かれれば、手取りは28〜30万円前後になる。
「働いた金が消えていく」と感じるのは分かる。だが実際には、その「消えた金」の一部は将来の自分・病気のとき・転職のとき・老後の自分に向けて積み立てられている。
問題は、その積み立てを「なかったこと」として扱う人が多いことだ。
一人親方として20年近く働いた俺から言わせてもらう。「引かれていること」に気づいていない人間は、なくなるまでそれに気づかない。
その前に——自分が「会社員」か「個人事業主」か、確かめてほしい
先に一番大事なことを言う。この記事の3つの恩恵は、すべて「会社員(雇用されている人)」の話だ。だが現場には、自分がどっちなのか分かっていない職人が、今も実際にいる。
国の統計を見ると、建設業の社会保険の加入率は9割を超えている。数字だけ見れば「もう職人はみんな入っている」ように見える。だが俺は、その数字を現場の実感としては信じていない。
理由はシンプルだ。あの9割は、公共工事の現場で、賃金台帳(会社が給料を払った記録)に名前が載っている人間を数えた数字だ。賃金台帳に載らない一人親方、町場の小さい現場、外注扱いや手間請けで現金で払われる職人——制度から漏れやすい人間ほど、最初から数に入っていない。良くなったのは、数えられる場所だけだ。数えられない場所は、昔のまま放っておかれている。
俺が20年以上見てきた末端の現場は、今も昔とそう変わっちゃいない。自分が会社員か個人事業主かも分からないまま、何も引かれない給料を受け取り、いざ怪我をしたときに初めて「自分には何の保障もない」と気づく。俺が、まさにそうだった。
20代、足場会社に「常用」で入った。毎日同じ会社の現場に出て、正社員のつもりで働いていた。だが実態は、厚生年金も雇用保険も自己負担の「個人事業主(一人親方)」扱い。その意味すら知らないまま、何年も現場に出ていた。
だから、自分の立場は自分で確かめるしかない。見分け方はシンプルだ。
- 給料明細:健康保険・年金・雇用保険・所得税が天引きされていれば会社員。何も引かれず、額面がそのまま入る(現金・手間請け含む)なら、個人事業主の可能性が高い。
- 年末:会社から「源泉徴収票」が来れば会社員。自分で「確定申告」しているなら個人事業主。
- 保険証:「協会けんぽ」「◯◯健康保険組合」なら会社員。「国民健康保険」なら個人事業主。
- 契約の紙:「雇用契約書」なら会社員。「注文書・請書」「一人親方」と書かれていれば請負=個人事業主だ。
もし「何も引かれず手取りが多い」なら、喜ぶのはまだ早い。その手取りの高さには、ちゃんと理由がある。詳しくは建設業の手取りが高く見える罠に書いた。
まずは自分の立場を確かめてから、続きを読んでほしい。
①傷病手当金——病気・ケガで休んでも給与の2/3が出る
制度の内容
健康保険の被保険者(会社員)が、病気やケガで働けなくなったとき、連続して4日以上休業した場合に支給される給付だ。
支給額は標準報酬月額の2/3相当。期間は最大1年6ヶ月(通算540日)。月収30万円の職人が病気でダウンした場合、月に約20万円が受け取れる計算になる。怪我で入院しても、術後の回復期間も、この給付が続く。
俺が一人親方だったときの現実
俺には、これがなかった。
常用一人親方として働いていた20代はもちろん、請負になってからも、ずっと「個人事業主」扱いだ。国民健康保険には入っていたが、国民健康保険には傷病手当金の制度がない(一部の自治体が独自に設けているケースを除く)。
42歳で事故に遭い、入院が6ヶ月に及んだとき——俺が頼れたのは、自分で掛けていた就労不能保険の月20万円だけだった。その保険がなければ、家計は即座に破綻していた。会社員の職人なら、これが「タダでついてくる」。
一人親方はこれを自腹で買うしかない。月2万円近い保険料を払って、ようやく同等の保障が手に入る。その保険すら「加入していなかった」職人がどれだけいるか——俺は知っている。
気づかずに損するパターン
「多少しんどくても現場を休めない」「傷病手当なんて知らなかった」「申請の仕方が分からない」——こういう理由で使わないまま終わる人が続出している。
使わなかった権利は消える。次に長引く風邪や腰痛で4日以上休んだとき、まず「傷病手当金の申請ができる」と思い出してほしい。申請は加入している健康保険組合(または協会けんぽ)に問い合わせれば案内してもらえる。
②厚生年金——老後に「一人親方との差」が月10万円近く出る
制度の基本
会社員は国民年金(基礎年金)の上に、厚生年金が積み重なる「2階建て」の構造になっている。厚生年金の保険料は労使折半——会社が半額を負担してくれる。これは給与明細に書かれない「上乗せの報酬」だ。
月収30万円なら、厚生年金の保険料は毎月約5.5万円。これは労使折半で、会社が約2.7万円を負担している。会社員は毎月、給与明細に出てこない約2.7万円分の「上乗せ報酬」を受け取っていると言い換えることもできる。
老後の差
- 国民年金(一人親方・40年払い):月約7万円(2026年度・満額で月70,608円)
- 厚生年金込み(会社員・40年勤務・月収30万平均):月13〜18万円(加入年数・給与による)
その差、月6〜11万円。年間で72〜132万円。30年間の老後なら2,000万〜4,000万円の差が出る計算だ。
俺は国民年金しか積み立てられていない。建設業の手取りが高く見えるのには理由がある——でも老後に「年金が少ない」と気づいても、もう手遅れだ。今、会社員である職人は——厚生年金をフルに積み立てている「有利な状況」にある。それを知らずにいることが、損だと俺は思う。
「ねんきんネット」で今すぐ確認できる
日本年金機構が提供する「ねんきんネット」では、今の時点で何年分の厚生年金を積み立てているか、老後の見込み額がいくらかを試算できる。まだ確認したことがないなら、今日やってみてほしい。無料で、マイナンバーカードがあれば5分で始められる。
③雇用保険——会社を辞めるとき「お守り」が発動する
制度の内容
雇用保険の被保険者(会社員)が会社を辞めた場合、一定の要件を満たせば「失業等給付(基本手当)」が受けられる。給付額は賃金日額の50〜80%(高い賃金ほど低い割合)。月収30万円なら月15〜18万円程度が最大150日間(約5ヶ月)支給される計算だ。自己都合退職の場合、以前は2〜3ヶ月の給付制限があったが、2025年4月から1ヶ月に短縮された(5年で3回以上の自己都合退職は3ヶ月)。受給開始までのハードルは下がっている。
転職のハードルが下がる
会社員職人にとって、これは「転職の後ろ盾」になる。「今の会社を辞めたい。でも次が決まらなかったら怖い」——そういう不安を持つ職人は多い。でも雇用保険があれば、辞めた後も数ヶ月は給付を受けながら次の仕事を探せる。現場仕事のスキルは転職市場で需要がある。焦らず動ける環境があるだけで、次の選択肢の質が上がる。
一人親方は廃業してもゼロ
俺が廃業したとき、1円も出なかった。事故で体が動かなくなり、仕事ができなくなって廃業した。でも「廃業した個人事業主」に雇用保険はない。あるのは自分で掛けた保険と、運よく受けられた公的制度(労災・障害年金)だけだ。
労災に入っていなかったら俺の人生は詰んでいた——あの話と同じだ。「制度があることを知らない」という無知が、いざというとき一番のリスクになる。会社員の職人は、「やめても受け皿がある」という選択肢を持っている。その事実に気づいているかどうかで、働き方の自由度が変わる。
会社員 vs 一人親方:制度の比較表
3つの恩恵をまとめて比較する。
| 項目 | 会社員職人 | 一人親方 |
|---|---|---|
| 傷病手当金 | ○ 給与の2/3・最大1年6ヶ月 | × なし(民間保険で代替必要) |
| 厚生年金 | ○ 労使折半で積立・老後2階建て | × 国民年金のみ(月10万近い差) |
| 雇用保険 | ○ 最大5ヶ月・月15〜18万円 | × なし(廃業しても1円も出ない) |
| 労災保険 | ○ 会社が全額負担 | △ 特別加入(自費・年3〜5万円) |
| 健康保険 | ○ 会社折半(傷病手当あり) | △ 国保(傷病手当なし・割高も) |
もし今、一人親方を考えているなら
独立・一人親方を目指す職人に伝えたいことがある。
建設業の「立場」によって、お金の正解は全然違う。会社員時代に受けていた保障が消えることを理解した上で、それでも独立するかどうかを決めるべきだ。一人親方になると収入は上がる可能性がある。でも同時に「自分で備える責任」が発生する。俺が失敗したのは、この「保障がなくなること」を何も考えず個人事業主になったからだ。社会保険の「ありがたさ」を理解しないまま独立し、怪我をするまで気づかなかった。
一人親方になるなら、最低でも以下を自分で備える必要がある:
- 傷病手当の代わり → 就労不能保険(月2〜3万円)
- 雇用保険の代わり → 緊急用の現金6ヶ月分
- 厚生年金の代わり → iDeCoまたは国民年金基金、あるいは高配当株投資
保障を失う代わりに「稼ぐ自由」を得る。それがトレードオフだ。知った上で決めるか、知らずに後悔するか——その差は、俺が一番よく知っている。
今日からできるアクション3つ
①傷病手当金の申請方法を確認しておく
元気なうちに「自分の健保組合の傷病手当金窓口」を調べておく。必要になったとき焦らないために。
②ねんきんネットで積立額を確認する
今の厚生年金の積立状況と、老後の見込み受取額を試算する。将来への投資が「どこまで進んでいるか」が分かる。無料・マイナンバーカードで5分。
③転職を考えているなら、退職前に雇用保険の受給要件を確認する
「12ヶ月以上の被保険者期間」があれば受給できる。焦って辞める前に、ハローワーク(公共職業安定所)の案内を先に読んでおく。
まとめ
会社員職人が「給料から引かれる」と感じているものの中に、3つの大きな保障が隠れている。
- 傷病手当金——病気・ケガで4日以上休んだとき、最大1年6ヶ月・給与の2/3が出る
- 厚生年金——老後に「一人親方との差」が月10万円近く出る可能性がある
- 雇用保険——会社を辞めたとき、最大5ヶ月・月15万円前後が出るお守り
これを知らないまま過ごすのは、銀行口座に入っているお金を、使い方を知らずに放置するのと同じだ。一人親方として生き、事故で全部が崩れかけた俺が言う。「制度を知ること」が、人生のリスクを下げる最安値の方法だ。
📖 俺のこれまでの全記録を読みたい人へ
元職人→廃業→障害→どん底→投資で4,000万円——
この軌跡を一本のストーリーとしてまとめた
「それでも俺は生きている ― ヘタな仮設屋の、笑えるけど刺さる30年 ―」をnoteで公開中です。
→ note: hetagorilla

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