6メートル落ちた、あの日
6メートル。マンションでいえば2階の屋根くらいの高さだ。
俺はそこから落ちた。
あの日の現場は、新築2階建ての先行足場だった。先行足場というのは、まだ基礎しかない状態——骨組みも立っていない建物に、先回りして足場だけを組む仕事だ。
問題は、隣との境界だった。狭くて、本足場を組める幅がない。だから建地1本の「一側足場」で組んでいた。一側は構造上、安定しない。いつもグラグラの状態だ。
そこから、落ちた。
気がついたとき、医者にこう言われた。
「あと1センチずれていたら、動脈でした」
脊髄をやった。両足は、もう俺の言うことを聞かない。20歳で足場の世界に入って、20年。組んだ足場の数なんて、数えられない。
足場を組んで飯を食ってきた男が、足場から落ちた。
笑えない冗談みたいな話だが、これが俺の現実だ。あの事故で俺は会社を畳み、障害1級になり、クラッチ杖で生きる人生になった。
その俺が、最近の足場の法改正を読んだ。正直な感想を書く。解説サイトみたいな丁寧な説明は期待しないでくれ。これは、落ちた側からの読み方だ。
足場の法改正、何が変わったのか
ここ数年で、足場のルールは大きく2つ変わった。
ひとつ目。2023年10月から、足場の「点検者」をあらかじめ指名することが義務になった。
足場の点検自体は前から義務だった。その日の作業前、悪天候の後。でも「誰が点検するか」は決まっていなかった。だから現場では、点検が「みんなの仕事」になり、みんなの仕事は誰の仕事でもなくなる。
改正後は、点検者を事前に指名して、点検したらその人の氏名を記録して、作業が終わるまで保存する。「俺が見た」と名前が残る。責任の所在がはっきりした。
ふたつ目。2024年4月から、「本足場」が原則義務になった。
足場には、建地(支柱)が2本ある「本足場」と、1本だけの「一側足場(いっそくあしば)」がある。一側は狭い場所用で、部材も手間も少なくて済む。その代わり、手すりがまともに付けられない。
改正後は、幅1メートル以上のスペースがある場所では、原則として本足場を使う。一側が許されるのは、本当に狭くて組めない場所だけだ。
数字も書いておく。2019年から2021年の3年間で、足場からの墜落・転落による死亡災害は56件。そのうち8件が一側足場からだった。建設業の死亡災害のうち、墜落・転落は約3割を占める。今でも建設業では、年間220〜230人前後が亡くなっている。
ついでに言えば、2022年1月からは高所作業でフルハーネス型の墜落制止用器具が原則義務になっている。足場の改正とは別の話だが、流れは同じだ。落下対策は、年々確実に厳しくなっている。
「昔は当たり前だったこと」が、今は違反になる。
俺たちの時代の「普通」は、もう普通じゃない。
あの時これがあったら、俺は落ちなかったか
ここからが、この記事で一番書きたかったことだ。
法改正の中身を読みながら、俺はずっと自分の事故のことを考えていた。点検者の指名。本足場の義務化。フルハーネス。——あの日、これが全部あったら、俺は落ちなかったのか?
まず、本足場の義務化。残酷な話だが、これは俺を救わなかった。
さっき書いた通り、俺が落ちたのは、隣との境界が狭くて本足場を組める幅がない場所だった。だから一側で組んでいた。ここで改正のルールを思い出してほしい。本足場が義務になるのは「幅1メートル以上のスペースがある場所」だ。
つまり、あの場所は今でも「例外」として一側足場が許される。
法律は確実に良くなった。それは認める。でも、一側からの墜落が問題になって本足場が義務化された今でも、一側でしか組めない場所は現場に残り続ける。そして俺が落ちたのは、まさにその場所だった。
じゃあ、防げない事故だったのか。
違う。あれは、防げた事故だった。
一側はグラグラだ。でも、組んでいる途中に揺れるなら、方杖を取って固める対策はできる。安全帯を2本使って、掛け替えながら慎重にやれば——落ちなかったと、俺は思っている。手順は全部知っていた。20年この仕事をやってきた男が、知らないわけがない。
知っていて、やらなかった。
なぜか。時間をかけるわけにはいかなかったからだ。
それと、もうひとつ。俺自身の、親方としての判断の問題があった。それは、この記事の最後で白状する。
その理由を次に書く。たぶんこれが、法改正の条文のどこにも書かれていない、現場のいちばん深い場所の話だ。
法律は、落ちた後にしか変わらない。そして、落ちた場所までは届かないこともある。
でも、法律だけじゃ落ちる
ここまで読んで「結局、本人の不注意じゃないか」と思った人がいたら、半分正解で、半分間違いだ。俺がなぜ時間をかけられなかったのか。そこには、職人個人の根性論では片付かない仕組みの問題がある。
端的に言う。安全に時間をかけると、単価と合わないのだ。
当時から、安全のことはいろいろ言われていた。安全帯を掛けろ。手順を守れ。点検しろ。全部正しい。でも、言うが易しだ。言われたことを全部守って仕事をしていたら、仕事量がこなせない。仕事量がこなせなければ、飯が食えない。
すると、何が起きるか。
安全面が、杜撰になる。
いけないことだ。それは分かっている。落ちて全部失った俺が、誰よりも分かっている。でもあれは、職人ひとりの心がけの問題じゃなかった。仕組みが悪かったとしか、言いようがない。
具体的な話をひとつしよう。安全のルールに「足場は足場の職人以外は触らない」というものがある。ルールとしては正しい。素人が勝手に組み替えた足場ほど危ないものはない。
でも、現実に何が起きるか。
他の職方の作業に当たるからと、ちょっとした組み替えのために仮設屋が現場に呼ばれる。駆けつけて、数本動かして、帰る。その施工に対する対価は——もらえない。「ついで」「サービス」の扱いだ。安全のためのルールが増えるほど、金にならない仕事が仮設屋に積み上がっていく。俺は何度もそれをやらされた。
そして、もうひとつ忘れないでほしい。
足場に登る回数が増えるということは、落ちる機会が増えるということだ。高所のリスクは、登った回数と、上にいた時間に比例する。誰かの安全のために作られたルールが、仮設屋の登り降りを増やす。金にならない仕事だから、当然急ぐ。急げば、雑になる。
つまり、安全のための仕事が、足場職人の怪我のリスクを増やしている。
そうやって、俺みたいになる人間が出る。何が安全なのか——現役の頃、何度そう思ったか分からない。
安全は大事だ。誰も反対しない。でも、安全のコストを誰も払わないなら、それは結局、職人の持ち出しになる。金だけじゃない。リスクごと、押し付けられる。まさに、言うが易しだ。
そして、これは過去の話じゃないと俺は思っている。法律が変わって、点検者が指名されて、本足場が義務になって——それでも現場単位で見れば、「何を言ってるんだ」と内心思っている職人は、今も少なくないはずだ。
工期は法律を読まない。仮設屋の仕事は工事の最初と最後で、遅れのしわ寄せは全部こっちに来る。雨でも、危険な天候でも、「今日までに組んでくれ」。俺は何度もそういう空の下で足場に登った。
台風が来るとなれば、今度は呼び出される。「シートを剥がしてくれ」。足場のシートは帆みたいに風をはらむ。放っておけば足場ごと倒れて、隣の家や道路に被害が出る。だから誰かが登って剥がすしかない。その「誰か」は、いつも足場屋だ。風がどんどん強くなっていく中での高所作業——あれほど危険な仕事は、そうない。でも、その危険に見合う単価をもらったことは、一度もない。
おかしな話だと思わないか。法律の上では、悪天候で危険が予想されるときの高所作業は、もともと禁止されている。改正された法律は「悪天候の後には足場を点検しろ」とも言っている。使う人は、悪天候の「後」に守られる。でも組む人間は、悪天候の「最中」に登らされる。守られる順番に、仮設屋は入っていない。
断っておくが、俺は足場屋だ。足場屋の側から見たバイアスがかかっている自覚はある。それでも、20年の経験から言わせてくれ。安全の話が持ち上がるたび、負わされるのはいつも足場屋だった。そして負わされた結果、危険な目にあうのも足場屋だった。こちらの安全を配慮してもらったと感じたことは、一度もない。
本足場は一側より部材も手間もかかる。義務化された分の時間と金を、誰が払うのか。単価が変わらないまま義務だけが増えるなら、削られるのは目に見えないところ——つまり安全と、職人の体だ。
はっきり書いておく。安全とスピードは、トレードオフだ。
「そんなことはない、両立できる」と言う人もいるだろう。きれいな言葉だ。でも20年足場の上で生きてきた人間として、俺はそう言わざるをえない。慎重にやれば遅くなる。急げば雑になる。これは根性や工夫でひっくり返せる話じゃない。
そして、このトレードオフを埋める方法は、実は最初から分かっている。足場の品質と安全を保ちたいなら、単価を上げるしかない。答えはこんなに簡単なのに、その簡単な答えだけが、いつも後回しにされてきた。
法改正は進んだ。点検者の指名も、本足場の義務化も、方向は正しい。だから次は、金の話だ。
実は、その金の話にも、法律が動き出してはいる。2025年12月に改正建設業法が全面施行されて、「標準労務費」という基準ができた。適正な水準を著しく下回る労務費での見積もりや契約は、法律違反になった。国がようやく、「単価を上げるしかない」という簡単な答えを認めた、ということだ。
でも、正直に言わせてもらう。
こんな法改正、末端の中小零細には届いていないと思う。
これは俺の僻みじゃない。国の調査(中小企業庁・2025年11月)でも、下請けの階層が深くなるほど価格転嫁率は下がり、4次請け以上では3割が「全く転嫁できなかった」か「減額された」と答えている。仮設屋は、まさにその深い階層にいる商売だ。基準ができても、金は上で止まる。
対象になるのは一定規模以上の工事だ。大手ゼネコンの周りで止まる話なら、現場は何も変わらない。雨の中で「今日までに」と足場を組まされる人間、台風の日にシートを剥がしに登る人間——そこまで金と配慮が届いて、初めて「安全」と呼べるはずだ。
改正された義務の分だけ、単価が末端まで上がる業界になってほしい。落ちた側の人間として、心からそう願っている。
落ちるのは、法律を知らない奴じゃない。「時間がない」現場に立たされている奴だ。
これから足場に立つ人へ、そして親方へ
最後に、これだけは書かせてくれ。
職人のあんたへ。
点検者に指名されたら、面倒くさがるな。あんたの名前が記録に残るということは、あんたの目が誰かの命を預かるということだ。そして自分の身は、法律より先に自分で守れ。安全帯の掛け替えを省くな。フックを掛け直す数秒をケチるな。俺はその数秒の先で、人生が変わった。
親方のあんたへ。
さっき「最後に白状する」と書いたことを、ここに書く。
あの日、本当なら三人で行く現場に、俺は二人で行っていた。金をケチったわけじゃない。別の現場から「人が欲しい」と言われて、人をそっちに回したんだ。それでも行けると思った。20年やってきた俺なら大丈夫だと——自分に、過信していた。親方としての、俺の判断だった。
気持ちは、痛いほど分かるはずだ。単価を見れば「三人より二人で行けるか?」と計算してしまう。人が足りなければ「俺が無理すればいい」と考えてしまう。親方なら、誰でも覚えのある判断だと思う。俺は、その判断の先で落ちた。
俺は従業員を雇っていた。落ちて意識が戻ったとき、最初に思ったのは「怪我をしたのが俺でよかった」だった。もし、あの俺の判断で落ちたのが子方だったら——俺は今ごろ、正気でいられたかどうか分からない。
だから親方のあんたには、これを言いたい。
元請けの見積もりに、負けないでほしい。
「今回はこの値段、この工期で頼むよ」。俺も、都合のいいことを言われ続けた。でも、親方が安請けすれば、そのツケは値段じゃ払えないものに化けて、必ず子方に回る。
安全を考えるなら、人工を惜しまないでくれ。本足場の義務化で、見積もりはこれから確実に重くなる。その分まで含めて、堂々と請求してくれ。削った金は、いつか誰かの体で払うことになる。子方は本当に大事だ。子方を守るために、単価交渉を頑張ってほしい。
そして、これは俺の持論だが、言わせてほしい。
足場の仕事は、どんなに小さい現場でも、二人で回すべきじゃない。三人で回れる単価を、下請けは堂々ともらうべきだ。
夢みたいな話だと思うか? 俺は、今がその転換期だと見ている。標準労務費の基準ができた。職人はどこも足りない。そして足場屋が組まなければ、どんな現場も始まらない。立場は、昔より確実にこっちにある。安請けして仕事を取る時代は、もう終わりにしていい。
元請けに、屈しないでほしい。
安全の最後の砦は、現場の手すりじゃない。親方の見積もりだ。
それから、労災の特別加入と給付基礎日額の設定。これだけは今日確認してくれ。俺は労災に入っていたから、入院中の治療費は1円も払っていない。入っていなかったら、今この記事を書いていられたかどうかも怪しい(その話はこの記事に書いた)。
そして、もし元請けや発注する側の人がこれを読んでいるなら、ひとつだけ。安全の指示を出すなら、安全の時間を単価に乗せてくれ。指示だけ増えて金が増えないなら、削られるのは結局、職人の体だ。それを俺は、自分の両足で証明してしまった。
俺の代わりに、あんたが落ちる必要はない。
法律は変わった。いい方向に変わったと、落ちた俺は思う。でも最後にあんたを守るのは、条文じゃない。あんた自身の数秒と、親方の覚悟だ。
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足場の世界に入った20歳から、6メートル落ちて全部失った日、そしてそこからの再起まで。
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