正直に言う。
俺はずっと、配当金を「詐欺に近い何か」だと思っていた。
「寝ててもお金が入る」「株を買って放っておくだけで収入になる」——そんな話を聞くたび、頭の中に「ポンジスキーム」「情報商材」という文字が浮かんだ。うまい話には必ず裏がある。現場一筋で体を張って稼いできた人間として、それが信条だった。
でも、事故が起きた。
障害等級1級。長期間、まともに働けない体になった。
「稼ぐ」という、自分の唯一の手段が、突然消えた日のことは今でも忘れられない。
最初の380円が、俺の疑いを溶かした
恐る恐る少額で買い始めた高配当株。ある日、証券口座に振り込まれた金額を見た。
380円。
笑うかもしれない。たった380円だ。ランチ一食にもならない。
でも俺は、しばらく画面を眺めたまま動けなかった。
これは給料じゃない。バイト代でもない。自分が「何もしていない間」に、持っている株が働いて稼いできたお金だった。
体が動けなくても。現場に出られなくても。寝ていても——お金は、来た。
その380円は、金額以上のものを俺に運んできた。「まだ、人生を立て直せるかもしれない」という、小さな、でも本物の希望だった。
今、年間90万円の配当が俺の口座に入ってくる
あの日から少しずつ学んで、少しずつ買い足して、少しずつ実感を積み重ねた。
そして今、俺が受け取る配当金は年間90万円(月7.5万円)になった。
生活費のすべてをまかなえるわけじゃない。でも、この収入が何を変えたかというと——「選べるようになった」ということだ。
旅行に行ける。妻に何かしてあげられる。節約が「我慢」じゃなくなる。
心に余白が生まれた。
俺の住宅ローンは月11万円だ。配当金がいつかこの額に届いたら、「家にただで住んでいる感覚」になると思っている。それはゴールじゃなく、通過点——でも、その通過点が見えているだけで、毎日の重さがまるで違う。
障害者と高配当株は、実は相性がいい──その理由
これは、やってみて初めてわかったことだ。
通院とリハビリで時間が縛られている。体力や気力にムラがある。焦って資産を売り払いたくなる局面が何度もある。
そんな状況で、配当金は「株が自分の代わりに働いてくれる仕組み」として機能する。自分が動けない日も、配当は振り込まれる。売らなくていいから、心が安定する。
インデックス投資も並行して続けているが(毎月5万円の積立)、配当株には「数字では測れない安心感」がある。毎月、口座に入ってくる現実のお金。それが、精神的な支柱になっている。
受け取った配当は、半分を再投資、半分を今の生活に使う。未来の自分への仕送りと、今の自分への余裕を、同時に作っていくイメージだ。
もちろん、痛い目にも遭ってきた──失敗も正直に書く
良いことばかり書くのは嘘になるので、正直に話す。
コロナ禍で保有銘柄が減配したとき、「給料カットを突然言い渡された」ような感覚を味わった。しかも株価まで連動して下落する「ダブルパンチ」。精神的ダメージは、想像以上だった。
含み損が15%になった銘柄を前に「売るべきか、耐えるべきか」と夜中に悩んだこともある。高値掴みも、情報に踊らされた失敗も、一通り経験した。
だから今は、30銘柄以上に分散すること、利回りが高すぎる銘柄は疑ってかかること、企業のIRや四季報を自分で確認することを習慣にしている。
米国ETF(VYM・HDV・VIG・SPYDなど)から入るのも、初心者には特に勧めたい。個別銘柄の目利きが難しければ、まず「分散されたパック」から感覚を掴むのが一番遠回りにならない道だと思っている。
380円は、今もそこにある──あの日の自分へ
働けなくなったとき、俺には何もなかった。
技術も、健康も、稼ぐ手段も——全部、一度失った。
でも今、配当金という仕組みが、「自分の代わりに稼いでくれる資産」を育ててくれている。それは老後の安心であり、今の自由であり、もう一度立ち上がるための武器だ。
もしこの記事を読んで「少し面白そうかも」と思ったなら、まずは証券口座に初めての配当が振り込まれる日を目指してみてほしい。
金額はいくらでもいい。
その小さな数字が、あなたの中の何かを変えるかもしれないから。
俺にとっての380円のように。
🗒️ ブログに書けなかった感情の記録を、実録として書いている――ヘタゴリラ一代記(note)
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