稼ぐことはできても、守る力はなかった。障害を負って初めて「お金との正しい距離」を学んだ。このブログは、その再出発の記録になっている。
俺は誰か──年収1000万から、6メートル落下まで
20代から40代まで、俺は建設現場でひたすら体を使って稼いできた。最盛期の年収は1,000万円を超えていた。それでも「守る力」は皆無だった。
2017年、6メートルの高さから落下した。両下肢に障害が残り、一夜にして「現場で働く」という選択肢が消えた。現在50歳、妻(45歳)と3人の息子の5人家族。障害年金・労災・保険・配当収入──この4本で家族を守っている。
今の俺を支える「3本柱」
- 障害年金・労災年金(就学援助費・介護給付込み)
- 就業不能保険からの給付(62歳まで続く固定収入)
- 自分で育てた高配当株投資による配当収入
この3つを軸に、「労働に頼らない自立生活」を少しずつ形にしている。現在の配当収入は年間約90万円。将来的には年間200万円を目標に、コツコツ積み上げていく。
稼いでいた頃の俺に、お金の知識はなかった
稼いでいた当時の俺には、「お金の入り口」の知識はあっても、「出口の設計」がまるでなかった。
- 住宅ローンは将来の収入減を想定せず、目一杯に組んでしまった
- 保険は「入っていれば安心」と思い込み、内容も仕組みも理解しないまま加入
- 投資は「怖い・難しい」という先入観だけで距離を置いた
- 「今の収入がずっと続く前提」でしかお金と向き合っていなかった
それでも俺を救ってくれたのが、軽い気持ちで入っていた就業不能保険と労災保険だった。「未来の自分に助けられた」——今でもそう感じている。
あのとき、もう少しだけお金の知識があれば。あのとき、もう少しだけ備え方を知っていれば。その思いが、このブログを書き続ける原動力になっている。
今の生活と、これからのリアル
現在は月約50万円(配当収入を除く)を収入ベースに、節制しながら生活している。ただ、就業不能保険の給付は12年後に終了し、子どもの就学援助費もいずれ打ち切られる予定。将来的には月収入が約20万円程度まで減少する見込みになっている。
75歳まで続く住宅ローンもある中で、「自分で作れる収入源」として株式投資の配当金を真剣に学び始めた。障害から9年目を迎えた今は、ほとんど車椅子に頼らず生活でき、毎日の筋トレと散歩(クラッチ杖)で心身を整えている。
このブログで伝えたいこと
このブログは、突然働けなくなった俺が「収入ゼロでも、自分らしく生きるにはどうすればいいか?」を模索してきた再出発の軌跡を書いている。
人生は、ある日突然変わる。でも、知っていれば備えられるし、備えがあれば立ち直れる。
今すでに困っている方への支えであると同時に、「まだ大丈夫な人」にこそ届いてほしいメッセージがある。収入があるうちこそ、見直せることがある。身体が動くうちこそ、できる準備がある。
主なテーマ
- 障害年金・労災年金を土台にした「無理をしない資産形成」
- 高配当株・米国ETF・新NISAを活用した現実的な配当収入の育て方
- 「保険は万能ではない」と気づいた私の反省と、ちょうどいい保障の選び方
- 元建設職人だから語れる、”体が資本”という働き方への警鐘と教訓
- 筋トレ・節約・生活術を通じた、障害と共に暮らす工夫
こんな方に読んでほしい
- 障害や病気で働き方に制限がある方
- 年金・給付金を軸に、将来への不安を抱えている方
- 投資に興味はあるけれど、リスクが怖い方
- 保険や住宅ローンに後悔がある方
- 「稼げているうちは大丈夫」と思いながら、どこかに不安を感じている40〜50代の方
- 個人事業主・フリーランスで「収入=自分の体ひとつ」と感じている方
人生の全記録は「ヘタゴリラ一代記」で
20歳のヤンキー上がりが、足場職人として叩き上げられ、独立し、そして6メートルから落ちるまで——俺の人生の生々しい記録は、noteの「ヘタゴリラ一代記」シリーズで書いています。ブログより人間くさい話が好きな方、「なぜこの人がこのブログを書いているのか」を知りたい方はぜひ。
一言だけ
知識があれば、少しの収入でも守れる。知らなければ、どれだけ稼いでも不安は消えない。
このブログが、あなたの「今なら間に合う」と思えるきっかけになれたら嬉しいと思う。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

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